遥かなき文化 独創な心得
——徽州文化と青花磁芸術の融合 胡笛
徽州文化は歴史上の徽州(昔には、新安郡と呼ばれ)が発祥の文化であり、人々が長い間での社会的の実践から作り出した物質と精神財産である。世の中、あらゆる文化は歴史の現象であり、故にここで徽州文化を述べた以上、徽州の歴史を述べなければならない。時は東漢、西晋、唐末、北宋時期四回北の強い部落は南へ移動し、徽州に先進の生産技術と中原の文化をもたらし、この地域を徐々に中国の名地とならせたのであり、それも徽州文化と対立した中原文化との融合や整理となった。今に至り、徽州文化は特色に溢れた地域文化となって、世間の注目を浴び続けている。その豊かの内容は各段階、各領域に独特の流派と風格を形成し、その中の新安画派、徽派篆刻、徽派建築、徽州『三彫』などは徽州文化の重要な特色となっている。
青花磁芸術は伝統的な手作り工芸文化でもあり、元代から始まり、長い歴史を持っている。単純に青い顔料を直接に白磁の素地の上に描いて、透明の白釉薬を掛けてから、1300°C位の高温で下絵の作品を焼成する。青花磁の美しさは、清水中の青空を思わせ、民あいだの青いプリント地にも似ており、人々の綺麗で素朴な色彩への好みを映している。長い歴史を持っている徽州文化と色鮮やかな青花磁芸術を一体にして、お互いに引き立つ、深い人文文化と朴素の芸術の美との融合となった。
如何なる視覚的芸術分野では、必ずその特定の材料、制作工芸及びその使用目的に制約され、各種類の形態となる。青花磁芸術はその独特の芸術の技法があり、素朴の青顔料を用い、青と白の対比で、純潔、素朴、鮮明、穏やかな芸術効果と特殊な美を表した。
しかし、青花磁の装飾芸術を表現するには工芸条件を備った上で、より一層の発展や創作を求められる。
一、 浮き彫り技法の徽州文化と青花磁芸術の融合
徽州は『文化の都』である。徽州の古代建築の中には、白壁に青瓦が重ねてあり、起伏の多い、交差し整った独特の形状の美しさが溢れている。作者は徽州文化を浮き彫りの技法で青花磁芸術の創作に取り入れて、その古い建築の美しき姿、東屋、小橋や小川などの古い里の景色を違った角度から、浮き彫りの技法で、青花の分水顔料で染め付けて、違った組み立て、大胆に青花装飾芸術の中に調和させた。素朴で古風な、上品で落ち着く青花の花瓶の上で、徽派建築中特有の古い里の様子、おおらか起伏の馬頭塀にさえぎられながら、青と白をはっきりして、無限の文化寓意を作品の中に取り入れた。
伝統的な磁器の彫刻芸術は、装飾に異なった色彩を掛ける。よく見られるのは、各色の釉薬或いは釉裏紅など。新たな青花磁芸術の装飾効果を作り出すため、作品の中に込められた趣きの調和性と統一性を達成するため、作者は充分な徽州『三彫』文化の真髄を吸収し、代表的な木彫り、煉瓦彫り、石彫りの装飾を選び、直接に素地を彫る技法で、徽州の古建築の特徴な元素を磁器の瓶の上ではっきりと示し、そして青花の分水顔料に染め付け、それらの素晴らしい『三彫』芸術を用い、青花磁の古典的な素朴な美しさを再現し、ほのかに民族文化特有の趣きを取り入れながら、青花磁芸術の空間と韻律の美を増やし、天人の間で、天上の調べを奏でるように。
徽州建築の中あらゆる要素で、青花磁芸術を再現する。作者は作品『大徽州』シリーズの創作中、感じ取ったのは、徽州建築は室内装飾でも精緻を追い求め、梁から板まで、彩らないところがない、屋根、窓、門、欄干、神棚の上も精巧な模様が彫られている。徽州建築の題材の及ぶ範囲の広さ、内容の豊富さや彫刻の精緻さは、まるで生き生きしていた民俗風土絵巻のようである。作者はそれを青花浮き彫りの形で青花磁の芸術の中に取り入れ、元々単調で平凡な青花磁に新たな命を与え、触感を生かし、躍如な姿を再現する。
二、 水墨画の様式の徽州文化と青花磁芸術との融合
水墨画は中国伝統画の一つであり、中国画の特有の材料の一つ墨を主な原料として用い、加える水の量で、濃い墨、薄い墨、干し墨、湿墨、焦げ墨など、異なった濃淡(黒、灰、白)の段階を描くことが出来る。その墨で描いた趣きは『墨韻』と呼ばれて、水墨画の主な描き手法となっている。青花磁の芸術性青花磁の装飾から実現するものである。青花装飾芸術の歴史から見れば、水墨画は青花磁芸術での再現は、その様式の一つである。なぜならば、青花磁の模様を描く技法と中国画の表現技法はよく似ているからである。それは、中国画(水墨画)が青花磁での引き続きの基礎となった。
伝統的な青花装飾芸術は主に線で模様を描き、その模様の輪郭範囲で違った色を施し、全体的の装飾をより細やかで生き生きさせて、浅深の段階の変化が溢れて、爽やかで、明朗で、色鮮やかで、まるで水墨画の線と色付けのようである。昔の民窯の青花磁の模様には、中国画の『書く』の部分も入っていた、線は流暢で、穏やかで力強くて、弾性もある。『入木三分(筆力、鼎を抗ぐ)』の感じがあり、図案も模様もそのようにしている。この技法は伝統的な中国画の技法は同じ流れを受け継いでいる。
作者は徽州で暮らしてきて、長い間で水墨画の創作に従事してきた。青花磁を創作する前から、景徳鎮で大量の研究をして、陶磁工芸巨匠、民間の工芸師と工匠を訪ねてきた。描く時に、自分の国画専門の特徴と結び付けて、徐々に水墨画の伝統的な技法を青花磁絵画に運用し総括し、時に擦り時に染め、時に枯れ時に濡れ、時に濃く時に淡く、出来る限り宣紙での墨韻に近付きたい。素地で水墨画の趣を表す。初めに青花を描く者にとして、水墨の染め付けの筆触を作り出すのは非常に難しいのである。
伝統的な青花の輪廓を描く技法以外、作者が総括したのは、国画の筆を運び方は不変とする前提で、青花の顔料を三の方法で調合する。
一つ目は、大量の水を使い、青花の顔料を薄めて、輪廓を描く時、宿墨は篆書の潤いのようにし、明るく煌いているようにすることで、中国画の中の宿墨の技法で描いたものと全く同じようにする。
二つ目は、薄い陶器のゴムを使い、即ち陶器のゴムを適切な水で薄めてから、筆触は流暢になれ、繰り返して線を描くことも出来れば、単独で絵を描くことも出来る。その特徴は、半透明のラインは豊満で墨色は平均し、濃厚だが段階の豊富を欠かさない手法である。
三つ目は、青花磁分水顔料の用法である。ほとんどの青花磁絵の画家にとって、青花分水は、習わなければならない伝統の技法の一つである。よく見られるのが染め付け、ものの形の輪郭を描く時など、その筆の独特な運び方は濃厚、潤滑で、透き通るようである。各時代の巨匠レベルの青花磁画家の描く技法は変化が多く、熟練している。筆者はその特性を借りて、国画の描き方で、青花分水料を淡い墨として用い、宣紙の上のような透明で潤んた薄墨の感覚を増やしてた。その特徴は極めて透明で、人物の顔の線の染付けや、山水の点の染め付けに使えば、まるで宣紙の上の薄墨の感覚を作り出すことが出来る。沢山の筆墨の実験によって、筆者の青花磁での水墨画の表現技巧を豊かになった。これらのものが、筆者は青花磁で徽州地域の民俗風景——山水、花鳥と人物に観賞性と興味性を増やすこととなった。徽州伝統的な侍女姿や徽州文化の風韻に溢れた生活部品などを、線を描く形の上で、或いは水墨文人画の形の上で、水墨画の特有な技法を陶磁器の上で表現する。その堅さと柔らかさ、虚しさと充実さ、濃淡と軽重の変化は、水墨画のような思いを尽くすものである。文人画風の中の書巻の文学的な匂いもし、雅やかなところもあれば、大衆的なところもある。徽州の社会文化と人文精神を、新たな筆触、新たな形式で、直接に人々の前にはっきりと示している。
今や、青花磁の装飾の形式は、人々の美を解する意識が多元化するにつれて日々多くなりつつあるため、ある一種の伝統的な定式に囚われることはもうない。既に全面的な発展の観点からの出発になっている。水墨画は青花磁を土台として、中華民族の伝統絵画芸術の接続を完成させた。そして、地域文化が系統的に青花磁を再現は、優秀な伝統文化の受け継ぐことが出来るだけではなく、華々しい芸術成果を継続することも出来き、青花磁の芸術の積載力と表現力を強めた。
三、現代構成の形式による徽州文化と青花磁文化の融合
芸術を作り上げることとは、芸術を元の基礎で新しい発展、新しい突破を遂げることであるが、それは芸術の命の中で変化、促進、増長、更新の役目を果たすものである。徽州文化は中国文化の一部であり、徽州の文化史から見ると、まるで中華民族文化発展史のポッケトサイズの本のようである。それを異なった角度、異なった段階、異なった内容から、青花磁の上で展示するのは、決して容易なことではない。伝統的な青花磁装飾芸術の形式は、よく見られるのは、通景、開片、満工の描く方式など、それらを通じて、丸い器の形の装飾を完璧に描ききることで風韻を生かしている。
作者が徽州地域の文化に深い感情を持っているため、その文化の内方は青花磁での拡張には、重い責任感を感じている。現代構成の形式で、時には山水小品、時には書道印鑑、時には水墨人物、時には抽象記号など、丸い器の体で、内容によって面を分割している。水墨文人画、青花磁彫或いは生活部品の内容を完全に表しており、独立した部分もあれば、統一した部分もあり、調和がとれて、雅やかさも欠かしてはおらず、作品の趣も増やしている。先人知識の積み重ねと系統化、そして、過去から残された価値、原則、規範、経験、観念及び知識の総合の上で、思想を解き放ち、風韻を持たらした新たな風を追い掛ける。それを作者は表現したく、独特な徽州文化を表現するにあたって、それが必要であった。
青花の装飾芸術は、百年の時を越え、発展を得て、その高度な技は既に深く成熟していて、そして、完全に揃っているまとまった工芸形式となった。先人が手に入れた卓越した大いなる成果の上で、いかなる新しいものを作り、新しい発展を遂げるのか、それは確かに難しい問題だ。徽州地域文化と融合した青花磁芸術は、描く技法や絵画の内容から新しい創造をしただけではなく、『同じ流れを受け継ぐ』の理念で、長き徽州の歴史と、輝かしい陶磁文化を伝播することも出来た。これらの解釈によって、青花磁芸術は時代の流れと共に、変わり続けるであろう。そして、優秀な地域文化と結び付けて、新しくなり続けて、既に多種多様な芸術風格を成り遂げた。
台湾の芸能人周傑倫の一曲の歌『青花磁』は、伝統な青花磁芸術を緩やかな旋律と心ひかれる調べを再現して、人々を魅力させ、海峡の両岸に響き続けていた。お互いの芸術を交流させ、よい結果を得た。徽州地域の文化は中華民族の大いなる歴史の遺産であり、それらの遺産が筆者は青花磁芸術を創作の源でもある。作者は不断の創作活動から感じとったことは:我が国の耀かしい歴史文化、地域文化は、作者が力を尽くして切り開き、掘り続けたいものの宝庫である。徽州文化以外にも、老北京文化、晋文化、チベット文化、敦煌文化、閩南文化と台海文化なども、作者の青花磁芸術創作の豊富な題材である。こうして青花磁芸術の創作は、より広い発展の空間を得ていくであろう。地域文化と青花磁芸術の融合は、清代の詩人趙翼が著述したように『凡ゆる生気は韻と化し、神業も人作も先を争う』になるであろう。